はじめてのTDSP【part1】データサイエンスとデータ分析の違い、知っていますか?

全4回構成(読み切り連載)

第1回: データ分析とサイエンスの違い、そして”翻訳者”の必要性とは?

第2回: TDSPの5フェーズを実務事例で徹底解説(製造業・卸売業)

第3回: MLOpsと連携して”PoC止まり”を防ぐ運用設計とは?

第4回: TDSP導入にありがちな悩みとチェックリストで整理しよう


はじめに:データ活用の理想と現実の溝を埋める

「データ駆動型経営」という言葉はもはや目新しいものではなくなりました。しかし、多くの企業ではまだ理想と現実の間に大きな溝があります。せっかく高度な分析基盤を導入しても使われない、データサイエンティストを採用しても成果が見えづらい…このような状況に悩んでいる方も多いのではないでしょうか。

この連載では、そんな「データ活用の理想と現実の溝」を埋めるための実践的なアプローチとして、Microsoft発祥の「TDSP(Team Data Science Process)」というフレームワークを紹介します。TDSPは単なる技術的手法ではなく、組織全体でデータを価値に変えるための「共通言語」と「実行プロセス」を提供します。

本連載第1回となる今回は、データ活用がうまくいかない根本原因を探り、特に「データ分析」と「データサイエンス」という二つのアプローチの違いと、それらをビジネスの成果に結びつける「翻訳者」の役割について掘り下げていきます。

続く2回目以降では、TDSPの具体的な5フェーズの進め方や実務事例、MLOpsとの連携方法、そして導入時の課題と解決策まで、実践的な内容をご紹介していきます。データ活用に関わる全ての方にとって、明日からすぐに活かせる知見となれば幸いです。

それでは早速、データ活用の課題の本質に迫っていきましょう。


「データはあるのに活かせない」の正体とは?

最近、こんな声をよく耳にしませんか?

「営業データは毎日たまっているんだけど…活かしきれていない気がする」 「BIで可視化はしたけど、“それでどう動くか”が曖昧だ」 「データサイエンティストに分析してもらったのに、現場は動かなかった」

どうしてこういった声があがるのでしょう?背景には何があるのでしょうか。

たとえば——

営業現場が「もっと顧客データを使って、提案力を高めたい」と声をあげたとします。データ部門は応えようと、膨大な顧客履歴を分析し、最新のアルゴリズムを使ってスコアリングモデルを構築します。

しかし、できあがったのは専門用語と数式が並ぶ資料。現場からは、「で、これをどう使えばいいの?」という声が返ってくる。

このように、“分析はされたが、使われない”という状況は、意外と身近にあるのです。


ズレの正体は、コミュニケーションギャップ

では、なぜデータが豊富にあるのに、その活用が進まないのでしょうか。この問題を考えるために、いくつかの視点から検討してみましょう。

データ利活用における誤解と課題

多くの組織では、データの収集と蓄積は進んでいるものの、そこから価値を引き出す段階で躓いています。これには複数の要因が考えられます:

  1. 組織的な課題: データ利活用の責任分担が不明確で、誰が何をすべきか曖昧になっている
  2. 技術的な課題: 必要なスキルセットをもった人材の不足や、適切なツールの導入が不十分
  3. コミュニケーションの課題: データから得られた洞察を実際のビジネス判断や行動に変換する際の断絶

特に3つ目の「コミュニケーションの課題」は見過ごされがちですが、実はデータ活用の成否を大きく左右します。この課題は、“データの言葉”と“ビジネスの言葉”が通じていないという現象として表れています。つまり、「データを使いたい人」と「データを分析する人」とのコミュニケーションのズレにあります。

  • 現場は「何が売れそうか知りたい」
  • データ担当は「回帰分析でp値が…」

このように、目的の言語手法の言語が噛み合わないのです。

本来、両者は同じゴールを目指しているはずです。

しかし、分析者の頭の中には「仮説の検証」や「モデルの精度」といったロジックが渦巻き、現場の担当者は「目の前の売上」「明日の施策」に目を向けている。この目的と手段の非対称性が、データ活用を阻む大きな壁になります。


データ活用に必要なのは”翻訳者”

この壁を乗り越えるには、両者の言葉を翻訳する存在が不可欠です。

  • 現場の課題を、分析者が理解できる「問い」に変換する
  • 分析結果を、現場がアクションできる「意味」に変換する

この“翻訳”こそ、データ活用の成否を左右します。

この機能を実現できる役割をもつ人材を、私たちはこれを「データ翻訳者」と呼びます。データに関する専門知識と、業務への深い理解の両方を持つ、ハイブリッドな人材です。

この「データ翻訳者」の役割は、本来「データエンジニア」が担うべき重要な機能の一つといえるのではないでしょうか。

データエンジニアはデータについて最も詳しく、何がどこにあるかを知っています。些細なことでも現場に出向き確認し、意思決定者やデータサイエンティストに対して適切なデータと情報を提供する役割を担います。

筆者らの経験によれば、データをうまく活用している企業や組織には必ず「データエンジニア」が存在し、データ利活用を推進しています。

理想的なデータエンジニアがいる現場では、関係者のデータ利活用に対する前向きの度合いが非常に高いのです。


「分析」と「サイエンス」の違いが、次のステップを導く

ここで一つ、視点を整理しておきましょう。

「データ分析」と「データサイエンス」は似て非なるものです。

  • データ分析:目の前の課題に対し、「答えを出す」作業。比較的短期で、目的が明確。
  • データサイエンス:問いそのものを立て、「再現性ある知見」を探求する営み。長期的で、研究的な側面も強い。

この違いを理解せずに、企業がサイエンス的なアプローチだけを求めてしまうと、「PoC止まり」や「使われない成果物」が生まれがちです。

だからこそ重要なのが、目的に応じて「分析」と「サイエンス」を使い分けられるプロセス設計です。

そして、そのプロセス全体を設計し、回していく枠組みこそが——TDSP(Team Data Science Process)なのです。

TDSPは、Microsoftが提唱した「チームでデータサイエンスを業務に活かすための標準プロセス」です。

✅ 特徴はこの3つ:

  1. 分析から運用までの再現性あるステップ
  2. チームで協働できる役割分担とドキュメント管理
  3. コードとプロジェクト構造の運用前提の設計

実際の活用シーン(導入イメージ)

たとえば「製造現場の異常予兆検知プロジェクト」では:

  • 分析が異常の前兆を見える化し、
  • サイエンスが予兆スコアのモデルを作り、
  • TDSPがそれをAPIで現場のSlack通知に接続し、
  • 現場レビューで改善と再学習を回していく

というように、プロジェクトの全体像を“つなぐ土台としてTDSPが機能します。

この過程で、データエンジニアは各部門との対話を通じて、データの価値を最大化するための橋渡し役を果たします。

経営部門とはビジネス目標の明確化、オペレーション部門とはデータの現場活用方法、情報システム部門とはシステム実装についてのコミュニケーションを図り、全体のバランスを取りながらプロジェクトを推進します。


次回予告:5つのフェーズを具体的に!

TDSPは単なる概念ではなく、「5つのフェーズ」に分かれた実践フレームになっています。

次回はこの各フェーズ──

  1. ビジネス理解
  2. データ理解
  3. モデル構築
  4. 展開
  5. 現場フィードバック

を実例付きで解説します。具体的には製造業と卸売業のケースを用いて、それぞれの業界特有の課題とTDSPによる解決アプローチを紹介します。

データがどのように現場の意思決定を変え、業務改善につながるのか、実践的な視点でお伝えします。

「PoCで終わらせないデータサイエンスの始め方」に興味がある方は、ぜひ次回もご覧ください!


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